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三笠の炭鉱資源(主なもの)


【北炭幌内炭鉱変電所】

 北炭幌内炭鉱変電所の建設は1922年(大正11)年とされており、北海道炭礦汽船清水沢火力発電所から送られてきた電気を変電する役割を担っていました。
 1989年(平成元)年幌内炭鉱閉山に伴い閉鎖されたが、レンガづくりの建造物と屋外変電施設の姿を現在もとどめています。
 基本的には立入禁止となっているが、「三笠炭鉱の記憶再生塾」でイベントなどを開催しています。また、「幌内歩こう会」がガイドツアーを実施しています。

【北炭幌内炭鉱幌内立坑】

 1967年(昭和42)年に建設された人員、資材搬入及び入気の目的で建設された立坑で、高さ約40m、深さ915mとなっています。
 近くには排気立坑もそびえていましたが、2004(平成16)年夏に解体されました。立坑櫓後方にはズリ山がそびえており、冬から春には鋭角な三角のズリ山が確認できます。現在、企業敷地内にあり企業の維持管理は行われてはおらず、安全管理上、一般的には敷地外から望むのみです。

【北炭幾春別炭鉱錦立坑】

 1920(大正9)年に建設された道内最古の立坑で、現在、北炭のマークが入った立坑櫓、巻き上げ機室が残っています。内部の機械等は撤去されていますが、その貴重な姿をとどめており、三笠市立博物館「野外博物館」の森林鉄道跡サイクリングロード沿いに見ることができます。
 近くに坑口も存在しており、足場が悪いため一般的には立入禁止となっていますが、株式会社シィービーツアーズ北海道遺産バスの旅ではガイドによる見学が行われています。

【住友奔別炭鉱立坑】

 1960(昭和35)年に建築された立抗櫓で、高さ51.52m、立抗内径6.4m深さ740mを誇る東洋一と呼ばれる立抗であった。
 スキップ・ケージ巻き上げ方式を採用し、人車石炭ずりを運び出すことのできる国内初のシステムを採用していた。
 1967(昭和42)年のガス爆発、坑内自然環境の悪化などが重なり、1971年(昭和46)年10月25日に閉山した。現在、企業敷地内にあり企業の維持管理は行われてはおらず、安全管理上、一般的には敷地外から望むのみである。



【炭鉱住宅(弥生地区)】

 赤い三角屋根の棟続きの住宅(1棟4戸建てで、それぞれ中2階)や煙突の形状が特徴的な炭鉱住宅です。
 現在も一部入居者がいますので、外観は見学可能ですが、敷地内の見学は所有者の許可が必要となります。道道岩見沢三笠線の富良野方面へ向かう際に見ることができます。